横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)1270号 判決 1970年11月21日
原告
山上徹
被告
株式会社東邦インテリア
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し、金五七四、八八〇円および内金五二四、八八〇円に対する昭和四三年七月八日より完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し、金七、八六七、五〇九円およびこれに対する昭和四三年七月八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり述べた。
一、原告は、訴外亡山上敏夫(訴外敏夫という)の長男であるが、訴外敏夫は左記交通事故により死亡し、原告が相続人としてその権利義務を相続した。原告以外の法定相続人は存在しない。
二、交通事故の内容
訴外敏夫は、左紀の交通事故により昭和四三年七月七日午前二時四〇分死亡した。
1 日時 昭和四三年七月七日午前〇時一五分頃
2 場所 横浜市中区扇町三丁目八番七号先道路上
3 加害自動車(被告車という)自家用普通乗用車横浜五や一九四
4 運転者 被告金安春(被告金という)
5 事故状況
被告金が被告車を運転して、中区長者町一丁目方面から花園橋方面に向つて進行中、本件事故現場に差しかかつた。本件事故現場は横断歩道がなく、かつ、横断禁止の地帯でもないので歩行者が横断することは当然に予想されるところである。又市電の安全地帯と交差点が接近して存在しているので、自動車の運転手としては十分注意して運転すべき場所である。
被告金は、右交差点に進入するに当つて、左右の道路の見透が悪いのにかかわらず徐行せず、訴外敏夫が交差点の一端の車道を横断しているのを知りながら速力を減ずることなくそのまま進行し、訴外敏夫と衝突し、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を与えこれを死亡させたものである。本件交通事故は、被告金の重大かつ一方的な過失によつて生じたもので、訴外敏夫には、横断方法について何等の過失もない。
三、被告株式会社東邦インテリア(被告会社という)の責任
被告車は、被告会社の所有であり、その会社経営に関連して被告金に使用させていたものであるから、自己のために運行の用に供していたものである。よつて、自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条による保有者としての責に任ずべきである。
四、被告金の責任
被告金は、前記のとおり減速徐行して、安全運転をする義務があるのにこれを怠つた過失があるから民法第七〇九条により損害を賠償する義務がある。
五、損害
1 逸失利益 金五、八六七、五〇九円
訴外敏夫は、本件交通事故当時四一才(昭和二年二月一七日生)の健康な男子で、第一〇回生命表によれば、平均余命は二九・九七年あるので、事故後二二年は就労可能であつた。訴外敏夫は、横浜市内在住の日雇労務者であつたから一日金二、〇〇〇円以上の収入を得ていた。この程度の収入は、労働統計年報昭和四二年版、都道府県および産業別、一人平均月間現金給与総額における神奈川県の産業平均は金五二、九三四円であることから充分に推定できる。
右収入を得るための生活費は、その所得の三分の一以内であるから、一ケ月の純所得は金三三、〇〇〇円以上である。右純所得を、本件交通事故後稼働年数二二年として、年五分の利息をホフマン式により控除すること、現在の得べかりし損害は、金五、八六七、五〇九円となる。
仮りに、右主張が認められないとすると、我国における労働者男子一人に対する月間平均給与額は、昭和四一年度において金四三、九〇〇円である(日本統計年鑑昭和四二年版産業別、労働者一人平均月間現金給与表)から、訴外敏夫は、右金額相当を収得し得た筈である。我が国に於ける国民一人の一ケ月の生活費支出は、平均金一二、五〇〇円である。(前記統計表の全世帯、一世帯あたり平均一ケ月支出表)よつて、右の支出費用を控除しても、訴外敏夫は金四〇、四三四円ないし金三一、四〇〇円の範囲での収入を得ていたものである。
2 慰藉料 金四、〇〇〇、〇〇〇円
原告は訴外敏夫の長男であるが、他に兄弟がない。訴外敏夫は原告に対し、親としての愛情から金銭を送金しており、原告も理髪職人として一人前になり、上京して父に再会することに希望をもつて生活していたものである。その父が、不慮の死を遂げたことは、重大な精神的若痛である。父と同居している子よりも、深刻なものである。
六、原告は、自賠責保険より、金三、〇〇〇、〇〇〇円の給付を受けたので、前項損害合計金九、八六七、五〇九円の内入に充当した。
七、原告は、本訴訟をなすにつき弁護士を委任し、判決による認容額の一割五分の金員を報酬として支払う約定をした。よつて、原告は、報酬として少くとも金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことになる。
八、よつて、原告は被告らに対し、各自金七、八六七、五〇九円および本件交通事故発生日の翌日から完済まで、年五分の利息相当の損害金を めるため、本訴請求に及んだものである。
〔証拠関係略〕
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。
原告主張の請求原因事実中、被告金が、その主張の日時場所において、被告車を運転し、中区長者町一丁目方面から花園橋方面に向つて進行中、訴外敏夫と衝突し、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を与え、これを昭和四三年七月七日午前二時四〇分死亡させたこと、被告会社が被告車を所有し、原告が自賠責保険から金三、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
一、逸失利益について。
訴外敏夫は、従前よりかなりの量の酒を飲む習癖があり、二〇年前妻子と別れ郷里をすてて、単身横浜のドヤ街に起居し、定職なく怠惰な浮浪生活をしていたものである。訴外敏夫が、日雇労務者として稼働する可能性があつたとしても、右の生活態度からして、収入全部を酒と生活費に使用し、逸失利益による損害は生じないものというべきである。
二、慰藉料について。
原告は、訴外敏夫の死亡により金四、〇〇〇、〇〇〇円の慰藉料を請求する。しかしながら、原告は、訴外敏夫と幼少の頃別れ、以来二〇年間父がどこでどのような生活をしていたかも知らず、又、父子として交流のない生活をしてきたものである。
訴外敏夫は、死亡する数年前に原告に送金したことがある由であるが、極めて疑わしい。原告は、原告の母の訴外敏夫に対する感情から何の交流もなかつたのである。従つて、父子の感情も薄く、特に、父の死亡によつて被る精神的苦痛な一般の場合に比べ極めて少いもので、その額は一般の場合の数分の一にしかあたらないというべきである。
三、被告金の無過失の主張
本件交通事故の現場は、幅員約一七米、中央部分に横浜市電の軌道敷のある、車両通行のはげしい舗装道路で、横断歩道ではない場所である。被告金は、被告車を時速三五粁で運転進行していたところ、訴外敏夫は午前〇時という真夜中に、酩酊の上ふらふらと車道上に飛び出して来た。そして、被告金がこれを回避するいとまもなく、被告車のフロントガラス前方のフエンダー部分にのしかかるようにもたれかかつて来た結果本件交通事故が発生したもので、被告金には自動車運転上何等の過失もない。
四、被告会社の免責の主張
本件交通事故は、訴外敏夫の一方的過失にもとづき惹起されたもので、被告車には、機能ないし構造上の欠陥もないから、自賠法第三条但書の免責を主張する。
五、過失相殺の主張
本件交通事故は、訴外敏夫が酒に相当程度酔つていたために生じたものである。
歩行者が横断歩道外の場所を横断するに際しては、十分に左右の道路の安全を確認して横断しなければならないのは勿論、そもそも酒に酔つてふらふら車道を歩くのは危険この上もないことである。被告金が、訴外敏夫を車道上に認めながら、適切な措置をとらなかつた過失があつたとしても、訴外敏夫が酒に酔つてふらついて車道を歩き、更に、急によろけて前に倒れるような状態になつたことが、本件交通事故発生の一因である。
以上のことから、本件交通事故は訴外敏夫にも相当な過失があるというべきであるから、過失相殺として、十分に斟酌されるべきである。
六、結論
原告らは、訴外敏夫の死亡により自賠責保険より金三、〇〇〇、〇〇〇円受領しているから、原告の本訴請求はこれで十分に填補されており、その理由がなく棄却さるべきものである。
〔証拠関係略〕
理由
一、被告金が、被告車を運転して中区長者町一丁目方面から花園橋方面に向つて進行中、原告の主張する日時場所において、訴外敏夫と衝突し、脳挫傷兼頭蓋内出血の傷害を与え、これを昭和四三年七月七日午前二時四〇分死亡させたことは当時者間に争いがない。
二、被告金の過失と責任
1 〔証拠略〕によると、次の事実を認めることができ、これが認定事実に反する甲第一一号証(金安春の供述記載)、被告金安春の本人尋問の結果は信用できない。
(一) 本件交通事故現場は、幅員一六・九米の市電通りに、幅員五・八米の舗装道路が交差する交差点で、夜間この附近には、所々水銀灯があるが、道路が広いので路上はやや明るい程度であること。
(二) 被告金は、被告車を時速約三〇粁で運転進行中、訴外敏夫が、被告車の進行に気付かず、寿町方面から羽衣方面に向けて、軌道部分を歩いて本件交差点を横断しているのを前方二〇米位の地点に認めたのであるが、訴外敏夫が被告車の進行に気付いて立ち止まるものと軽信し、漫然同速度で進行したため、被告車の右前部を衝突させたこと。
2 右認定によると、被告金は、訴外敏夫が被告車の進行に気付かず横断しているのを約二〇米前方に発見したのであるから、かかる場合、自動車を運転する者は、横断者の動静をじゆうぶん注視し、警音器を鳴らすとともに減速徐行し、安全を確認しつつ、その側方を通過すべき注意義務があるものというべきである。しかるに、被告金はこれが注意義務を怠つたこと右認定にてらし明白であるから、これに過失があるものと言うべきである。
3 よつて、被告金は民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償しなければならない。
三、被告会社の責任
被告会社が被告車を所有していることは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、訴外長田利喜男(訴外長田という)は、本件交通事故の発生当時、被告会社の従業員であつて被告会社から被告車の管理、使用一切を委せられていたこと、訴外長田は、被告会社の営業の都合上、自動車で細い道路に入る必要が生じたので、本件交通事故のあつた前日の夕方四時頃、被告金の小型車を借り、被告車をこれに貸して、互に交換して乗つていたことが認定できる。
そうすると、被告会社は被告車に対する運行支配も利益も未だ失つていないものと解するのが相当であるから、被告会社は、自賠法第三条による損害の賠償に任じなければならない。
四、損害
1 逸失利益
(一) 〔証拠略〕によると、訴外敏夫は本件交通事故発生当時四一才で、約二〇年前から妻子とわかれて横浜市内に別居し、日雇労務者をして暮していたこと、訴外敏夫は、勤勉でなく、仕事をしたりしなかつたりして酒をよくのみ、その上酒ぐせが悪かつたことが認められる。
(二) 訴外敏夫の一日の収入を平均金二、〇〇〇円とし、同人が勤勉でないところから、一ケ月平均一五日間働くものと推定すると、一ケ月の平均収入は金三〇、〇〇〇円、一ケ年のそれは合計金三六〇、〇〇〇円となる。
訴外敏夫の就労可能年数を二二年とし、ホフマン式計算法による年五分の中間利息を控除する係数を一四・五八とし、これを乗じて現価を算出すると金五、二四八、八〇〇円となること計算上明白である。
しかして、訴外敏夫は、前記認定のとおり、酒をよく飲み、酒ぐせが悪かつたのであるから、生活費と酒代を合計すると、その金額は、右収入の一〇分の九と推定するのが相当である。よつて、これを控除すると、金五二四、八八〇円となる。
しかして、弁論の全趣旨によると、右逸失利益を原告が相続したものと認めることができる。
2 過失相殺の主張に対する判断
(一) 被告らは、訴外敏夫が横断歩道でないところを横断していたものと非難するが、近くに横断歩道があることの立証がない限り、この非難は当らない。
(二) 車両等は、交差点又はその直近で、横断歩道の設けられていない場所において、歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない(道路交通法第三八条の二)のであるから、訴外敏夫は、被告車が減速徐行しないので進入してくることは予期していなかつたものと言うべきである。従つて、被告らが主張するように、訴外敏夫が酒に酔つてふらふらと車道を横断し、かつ、前に倒れるような状態になつたと仮定しても、被告車が警音器を鳴らし、かつ、徐行していたにもかからわず、なお気がつかなかつた等特段の事情がない限り、訴外敏夫に過失があつたということはできない。よつて、被告らのこの点に関する主張は採用できない。
3 慰藉料
〔証拠略〕によると、原告は父親である訴外敏夫と別居して育ち、成人したものであるけれども、原告が父親に会いたい気持、父親を失つた淋しい気持は、人の子として別に異るところを認めることはできない。
そもそも、原告が父親と同居できなかつたこと、幸の薄い家庭に育ち、でつち奉公などして苦労したことは、何等原告に非があつたわけではない。父親と同居して、その愛情を受けた子供が、父親の死亡により多額の慰藉料を受けるに反し、原告が父親と同居できなかつたため、一般の場合の数分の一の額の慰藉料しか受領できないとすることは、正義に反することと言わざるを得ない。
よつて、原告の精神的苦痛を慰藉すべき金額は、金三、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
4 弁護士費用
交通事故によつて損害を受けた者が、相手方より容易にその賠償を得られないため、弁護士に訴訟を委任したときは、その費用もまた相当と認められる範囲内で、不法行為と因果関係に立つ損害というべきである。
本件訴訟の難易、請求額、認容額など諸般の事情を斟酌すると、金五〇、〇〇〇円が相当である。
5 以上によると、原告の損害額の合計は、金三、五七四、八八〇円となるが、原告が自賠責保険から金三、〇〇〇、〇〇〇円の給付を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを内入に充当すると、金五七四、八八〇円となる。
五、そうすると、爾余の点を判断する迄もなく、被告らは各自原告に対し、金五七四、八八〇円、および、弁護士費用五〇、〇〇〇円を差引いた残額金五二四、八八〇円に対しては、本件交通事故の発生した日の翌日である昭和四三年七月八日より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務がある。
よつて、原告の本訴請求は、右の限度で正当であるから、これを認容することとし、その余は失当であるから棄却する。訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を夫々適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)